大阪高等裁判所 昭和43年(う)1513号 判決 1969年3月06日
被告人 稲田進
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人中川正夫作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。
控訴趣意中、法令の適用の誤の主張について
論旨は、道路交通法七二条一項後段(控訴趣意書に「七二条二項」とあるのは誤記であると認める)の法意は、警察署をして速やかに交通事故の発生を知り、被害者の救護、交通秩序の回復のため道路における危険とこれによる被害の増大とを防止し、交通の安全を図ることにあるところ、被告人は、本件事故直後、自ら被害者を病院に連れて行き、被害者の救護に関しては適切な措置を講じているし、交通秩序の回復については警察官が来なければならない必要はなかつたのであるから、このような場合には報告義務がないのに、原判決が原判示第一の(三)の報告義務違反の事実を認定し、被告人を有罪としたのは法令の適用を誤つたものである、というのである。
よつて案ずるに、道路交通法七二条一項後段の法意が、警察署をして速やかに交通事故の発生を知り、被害者の救護、交通秩序の回復につき適切な措置を執らしめ、以て道路における危険とこれによる被害の増大とを防止し、交通の安全を図ることにあることは所論のとおりである。そして、原判決挙示の関係各証拠によれば、被告人は、原判示日時場所において自動二輪車を運転進行中、道路左端を足踏二輪自転車に乗つて同方向に進行する岡本悦子の右側を追い抜こうとした際、自己の左肘付近を右岡本に接触させて同人を路上に転倒させ、同人に対し加療約六週間を要する右肩鎖関節損傷の傷害を負わせたのであるが、被告人は、直ちに被害者の自転車を起し、被害者とともに被害者の勤務先である姫路市網干区新在家の三井生命へ行き、そこからタクシーで被害者を井上外科医院へ連れて行き、被害者にレントゲン撮影と治療を受けさせた結果、医師より一晩寝るとよくなると言われたので、被害者に被告人の住所、氏名を告げて帰宅し、警察へは何ら報告をしなかつたことが認められるのであつて、被告人は被害者の救護義務を尽しているし、交通秩序もすでに回復されているとみることができる。しかしながら、道路交通法七二条一項後段が、交通事故を起した車両等の運転手をして、警察官に当該交通事故が発生した日時及び場所、当該交通事故における死傷者の数及び負傷者の負傷の程度並びに損壊した物及びその損壊の程度並びに当該交通事故について講じた措置を報告しなければならないものとしているのは、個人の生命、身体及び財産の保護、公安の維持等の職務を執行する警察官をして、速やかに右各事項を知り、被害者の救護及び交通秩序の回復について、当該車両等の運転手等の講じた措置が適切であるか否か、さらに講ずべき措置はないか等を判断させて、万全の措置を講じさせようとするものであると考えられるので、たとえ、当該車両等の運転手等において被害者を救護し、交通秩序回復の措置を講じたため、警察官においては結局それ以上に何らの措置をも執る必要がなかつたような場合であつても、当該車両等の運転手は右報告義務を免れるものではないと解するのが相当である。してみれば、原判決が原判示第一の(三)の報告義務違反の事実に道路交通法七二条一項後段及び同法一一九条一項一〇号を適用して有罪と認定したことに法令適用の誤は存しない。論旨は理由がない。
控訴趣意中、量刑不当の主張について
論旨は、被告人に対しては刑の執行を猶予するのが相当であるのに、これに懲役六月の実刑を科した原判決の量刑は不当に重過ぎる、というのである。
よつて、記録を精査して案ずるに、本件各犯行の罪質、手段ないし態様、被害の程度、ことに原判示第一の(二)の事故は、無免許運転中の事故であるうえ、過失の態様も重く、被害の程度も決して軽くはないこと、原判示第二の傷害の所為は、規則を守ろうとした店員に理由もなく腹を立てて暴行を加えたものであつて、被告人には同情すべき事情は全くないこと、のほか、被告人の前科(無免許運転中の業務上過失致死一件及び無免許運転一件を含む)等の諸事情に照らすと、被告人は前段において認定したごとく、原判示第一の(二)の事故発生後、直ちに被害者の救護義務を尽し、かつ同時に交通秩序回復の措置をも講じているのであつて、原判示第一の(三)の報告義務違反の点は犯情軽微であること、原判示第二の傷害は飲酒時の所為であること、被告人は原判示第一の(二)の被害者岡本悦子に対し、治療費及び自転車修理費として七、五三〇円を、休業補償として三万六、三〇〇円を支払い、原判示第二の被害者志野郁夫に対しても謝罪し、いずれの被害者とも示談を成立させていること、被告人は身体障碍者であり、現在父の理髪業を手伝つていること等、所論の各事情を十分考慮しても、被告人に対しては刑の執行を猶予すべき事案ではなく、原判決の量刑が不当に重過ぎるとは考えられないので、論旨は理由がない。
よつて、刑事訴訟法三九六条により主文のとおり判決する。
(裁判官 佐古田英郎 梨岡輝彦 西村清治)